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Q 2006年7月21日、日本代表監督の就任会見で、
代表選考基準について質問されて。 A 世界の基準、日本の基準がある。 でも誰の真似もしない方が良い。 日本はこれから先を考える必要がある。 記事を読む前に、 ◎ サッカー人気blogランキング ◎ ○ サッカー FC2 Blog Ranking ○ へのクリックをお願い致します。
<優れたモノのマネから、
オリジナリティを付加する> 世界の基準があって、 日本の基準があって、 つまり、 世界には各国の文化があって、 日本にも独自の文化があって、 それは確かに、 大切にし、 活かしていかなければならないと、 私も思います。 但し、 独自の文化とは言っても、 それが完全にオリジナルなものであるとは、 私は思っていませんし、 そもそも、 日本の独自の文化というものも、 歴史を遡れば、 様々な文化が融合されたものであると、 私は考えています。 優れた文化が外国から輸入されてきて、 それが日本人に吸収され、 改良に改良が加えられて、 いつの間にか、 オリジナリティが付加され、 やがて、 ほぼオリジナル化される、 それが独自な文化の形成であると、 私は考えています。 そう考えるならば、 サッカーにおいても、 それは同じであり、 まずは、 優れたサッカー文化、 それを100%吸収することからスタートする、 それが重要であろうと、 私は思います。 システム、 戦術、 育成、 サッカー先進国の、 まずはそれを学び、 真似して、 日本サッカーの発展の土台を作る、 まずはそこがスタートであると、 私は思います。 まだ日本サッカーというのは、 そこまで至っていないと、 私は思います。 そして、 サッカー先進国のそれを、 100%近く吸収したならば、 やがてそこに、 日本人には向いていないのではないか? もっと日本人向きの方法があるのではないか? そのようなことが見えてくると思いますので、 そこまで至って初めて、 日本のサッカーの日本化はスタートするのではないか、 そのように私は思います。 真似をしない方が良い。 確かにそうではありますが、 しかし、 全ての発展は、 優れたモノの真似から始まり、 それを基礎とした上で、 独自の進化を遂げるものであると思いますから、 現段階ではまだ、 日本サッカーは、 真似することに全力を注いで欲しいと、 私は思います。 そしてそれは、 日本人は真似するのが得意だから、 ということではなく、 ということですね。 日本サッカーの日本化、 日本サッカーのオリジナリティー、 それは基礎が出来上がった上で、 付加するものであること、 またそれは、 個の育成ということでも、 同じであること、 そのような考え方、 とても重要であると、 私は強く考えています。 このブログは皆様の応援で継続されています。 記事の内容が「興味深い、賛同できる」と思いましたら、 ◎ サッカー人気ブログランキング ◎ ○ サッカー FC2 Blog Ranking ○ への応援クリック投票をポチッと宜しくお願い致します。 |
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ゲンゴロウさん、コメントありがとうございます。
環境によって形成されるであろう文化、つまりは、文化は環境を整えることで形成される訳ですから、先んじて環境を整えなければならない。では、その環境はどうやって整えるのか? それをサッカー後進国である日本が、ゼロベースから作る必要はなく、サッカー先進国に学べば良いですよね。そしてそこから、日本に適す適さない、それを判断して、更に、独自の環境を加えていく、それが最も効率的な環境整備の方法であり、独自の文化の形成に繋がっていくものであると思います。そして、やはりこれは、ゲンゴロウさんが考えておられることと、大きく違わないものであると、私は思います。表現の違いだけであろうと、私は思います。 管理者さま
僕の解釈が間違っていたのでしょう。 文章読解力がなくて申し訳ありません・・・。 本文中には「優れたサッカー文化を100%吸収」と「サッカー先進国のそれを、100%近く吸収したならば、やがてそこに・・・」という文があり、後の文の「それ」は「システム、戦術、育成」を指しているため、あたかも「文化=システム、戦術、育成」であるかのように解釈してしまいました。 「サッカー文化を100%吸収」という表現に違和感を感じたのです。環境によって形成されるであろう文化をどうやって真似るのだろうか?と。 ピッチ上もさることながらピッチを取り巻く組織・団体、メディア、ファン、一般の視聴者そして自分も含めてまだまだサッカーに対する考え方や目が養われていないのだろうと感じます。 管理者さんがおっしゃることは、土台づくりにおいて先進国から徹底的に学ぶ(真似る)ことで発展のスピードを上げること。そして、それを中途半端でなく100%近くまでもっていかないと真の土台は築けないということですね。 ゲンゴロウさん、コメントありがとうございます。
まず、この意見に反対と書かれていますが、反対ではなく、むしろ、同じことを言われていると思いますが・・・。「文化とは戦術やシステムではなく」と言われていますが、この記事でそのようなことは言っていませんし、育成のことでもあると、きちんと書かれていると思います。また、「環境」が重要であるということ、以前にこのブログの記事で何度も書いているのですが、これは、それを読まれて、あえて同じことを言われているのか、それとも、読まれないで言われているのか、どちらなのでしょうか? また、どういう根拠で「100%吸収できた」という確証が持てるのか非常に判断が難しい、と言われていますが、それは当然であろうと思います。目に見える線引きなどありませんから、多くの人がそう思われたらそうであるという、曖昧なもので、当然であるような気がします。それから、今現在の世界の基準に追いつこうとするのではなく、将来世界の強国と互角に戦えるであろう未だ見ぬ日本の基準をつくり、と言われていますが、その基準の土台はどうするのでしょうか? 土台が無いのに基準作りはできないと思われます。何も無いところから基準は作り出せませんから、その土台を作る為に、優れたものから学ぶということは、重要であるように思います。 管理者さま
申し訳ないですが、僕はこの意見に反対です。 なぜなら、どういう根拠で「100%吸収できた」という確証が持てるのか非常に判断が難しいという点と、仮に100%吸収できたとして、時間軸の中では相当な遅れが伴うと思われるからです。 強国には各国それぞれの文化はありますが、実際の試合の中で見せる戦い方は常に変革し進化しています。(特にドイツなんてここ数年ですごく変わったと思いませんか?) つまり、文化とはシステムや戦術にあるのではなく、サッカー選手を輩出するための土壌や育成(サッカーに限らず人としても)にあるのではないかと考えます。 子どもたちがサッカーとどんな関わり方をして成長していくのか、といった一言で言えば「環境」がその国のサッカー文化を生むのではないでしょうか。 ですから、今現在の世界の基準に追いつこうとするのではなく、将来世界の強国と互角に戦えるであろう未だ見ぬ(オシムには見えてたかも)日本の基準をつくり、それを目指していくことが理想的と思います。 僕たちには想像することもできない未来のサッカーの姿を、オシムは既に見ていたのかも知れないという思いを今更ながら感じています・・・ 客観者さん、コメントありがとうございます。
そうですね、小手先の技術などに目を奪われず、「差」は何かということを追求していけば、やっぱり「差」は基礎的な部分、土台の部分、そこに辿り着くものですよね。そして、基礎的な部分がしっかりしているサッカーは、強いだけでなく、魅力的で面白いものであると思います。つまり、観ている人をガッカリさせるプレーが少ないということですからね。 その通りだと思います。 日本独自の文化、つまりサッカーと言っても、FWが点を取らない、守備に堅さがない、など欠点を上げればなかなか尽きないですし、ただサッカーの進化についていけてない、つまり、考えたくはありませんが、ただの未熟なサッカーとも取れてしまいそうです。なにかこう、あまりにもトッププレイヤーの個人の技術に目を奪われてしまって、土台を無視してしまってるような気がします。 先日の質問に答えてくれてありがとうございました。
nozさん、コメントありがとうございます。
最近よく感じるのは、表面的にはプレミアやリーガなどのトレンドをJや代表でも表現しようとしているのですが、それがまさにすこぶる表層的で、考えて考えて考えて理解しているようには思えない、ということです。また、少し、日本のサッカーは日本人で、という感じにもなってきているような気がして、それはまだ、Jリーグが発足して16年という歴史では、早過ぎるのではないか、とも感じています。nozさんが言われますように、代表というのは、最も目立つ部分であり、そこでどのようなサッカーをするのかということは、かなり若い世代に影響があると思いますから、そこが日本サッカーの頂点として輝いているということ、大切であると、私も思います。 reegoさん、コメントありがとうございます。 そうですね、真似することで、ショートカットはできると思うのですよね。100年かかって先進国が築いてきたものを、2〜30年で吸収してしまう。それは可能であると思います。しかし、その為には、その2〜30年というのは、1つの停滞も無く、1つの怠惰も無く、一心不乱に努力して正しい道を歩まなくてはならないと思いますが、では、今の日本はどうなのかと言えば、特にこの10年と言うのは、やはりサボってきている、努力が足りない、正しい方向に進んでいるのか疑問、そのように感じます。良いものを真似して土台を作り、その中で、reegoさんが言われますように、先進国の悪い部分と良い部分の取捨選択、つまりそれは、日本に適す適さない、ということも含んでいると思いますから、そこは重要であると、私も思います。 前回に続き今回の「オシムの言葉」からサッカーを考えるコラム、そして様々なコメントも大変興味深く読ませていただきました。
育成やクラブの経営など、文化としてのサッカーの定着が、サッカー先進国と比較してまだまだ不十分だということは感覚的に知っていましたが、具体的にはどこが不十分なのか、それを知るいいきっかけになりました。W杯の近年の優勝国が、どこも長い歴史を誇る国ばかりであることを見ても、サッカーの文化としての定着無しに、先進国と肩を並べたいと思うのはちょっと無理があるのかもしれませんね。 とはいえ、いちサッカーファンの目線では(自分も含めて)、とにかく試合の内容や結果に目が行きがちで、根本的な問題にはなかなか気付かないものです。大学の友人などは「(強くなるには)ヨーロッパナイズされればいい」と言っていますが、これは多分海外にどんどん移籍すればいいという意味であって、文化云々の話ではないでしょう。それはそれで有効な手段なのだと思いますが、コラムやコメントを見ていて、文化として根付いてこそ結果もついてくるのかもしれないと感じました。 ただ、最近はヨーロッパのサッカー事情もかなり問題が表出してきましたし、後進としては、学ぶべき部分の取捨選択は誤りなくやってほしいと思っています。 ほんとですね。
基礎形成の途中である気がします。 「優れたサッカー文化、 それを100%吸収することからスタートする」 プロ化の段階で、日本はそれをやろうとしていたのではないかと考えています。 Jリーグの発足前、川渕さんが出したプロ化への方針はかなり日本の経済界からは反発があったようでした。また、指導者たちを海外に派遣し、その文化の吸収に努力しました。 ただ残念なのが100%はできなかった。 ホームタウン制にしても、その後のバブル崩壊もあわせて、人気球団が無くなったり、半ば崩壊したり、経営を軌道に乗せるというもう一つの目標に精一杯になってしまった。育成・文化吸収の面でも、部活動ではなく、クラブチーム下部組織でのサッカー純粋培養をめざしたが、結果を急いだせいなのか、比較的技術面は早熟で、生活面は重視されず、すぐプロに入り、人間形成の段階で環境と精神のバランスが取れず、なかなかそれ以上芽が出ない。物にならないと将来にも不安。 結果、4人に1人は大学卒という世界でまれに見る高学歴プロリーグである。 反省点は沢山ある。志半ばなかんじです。 それでも日本はW杯に連続出場、クラブ経営もそれなりに・・・ オシムの言葉は、現状に満足せず、もっと考えろと聞こえます。 現在も先進国を見習い、意識改革から活動を続けている指導者もいるでしょう。 日本代表などは特に注目されるし、協会の広告塔、お手本となるべき存在なので、それらを実践してPRしてほしい。欲張りすぎですかね? |
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