「ある程度の自由さが必要ではないか」 オシムの言葉49
 2006年8月、雑誌のインタビューにて、
選手の精神状態について質問されて。
 選手というのは、試合をクリエイトする存在なのに、
この試合に勝たなければならないというプレッシャーをかけられすぎると、
実際、自分たちの力を発揮できない。
ただひとつのミスを恐れだすと、本当に力が発揮できなくなる。
そういう意味では、やはりグラウンドに出て行く選手には、
ある程度の自由さが必要ではないか。

記事を読む前に、
◎ サッカー人気blogランキング ◎
○ にほんブログ村 サッカーブログ ○
○ サッカー FC2 Blog Ranking ○
上記3ヶ所への応援クリックを宜しくお願い致します。
<問題は、
そのパワーバランスをどうするのか、
という部分にある>



選手というのは、
試合をクリエイトする存在、
この言葉というのは、
かなり重いですよね。

サッカーというスポーツは、
数あるスポーツの中でも、
ルールが少ないスポーツで、
自由度の高いスポーツであると思いますが、
しかしそうであるということは、
選手はよりクリエイトする存在でなければならない、
ということでりますよね。

選手はピッチに立った時に、
セオリーというベースの上に立ちながら、
常に頭脳をフル回転させて、
ゴールを奪い、
ゴールを防ぐ、
その為の方法を探さなくてはならず、
それがある意味では、
サッカーというスポーツの本質である、
そのように言えるのではないかと思います。

しかし、
選手の精神状態として、
過度のプレッシャーを感じる状態では、
なかなか自由な発想というものは生まれ難く、
時にはセオリーでさえも失念してしまう傾向がある、
これは、
おそらく多くの皆様にも、
人生の中でも少なくとも何度かは、
経験があることだと思います。

勝たなくてはならない、
必要以上に良いプレーを見せようとする、
そのような心理状態によって、
視野が狭くなったり、
頭脳と肉体の働きが乖離したり、
そのような状態で、
100%自分の力が発揮できない、
おそらく多くの人が経験することであると思います。

そしてまた、
そのような心理状態の時に、
最も陥りやすい状態というのは、
過度にミスを恐れだす、
ということであり、
大きなプレッシャーの中では、
人は自然に大きな責任から免れようとして、
チャレンジすることよりも、
ミスをしないことに強く意識が傾き、
しかしそれが、
かえって逆にミスを生み出すことになる、
そのようなものでありますよね。

従って、
選手に100%の力を発揮してもらうには、
ある程度の自由さが必要であり、
つまりそのある程度の自由さと言うのは、
チャレンジする余地は残さなければならない、
そこでは五分五分の勝負であり、
そのミスを恐れないチャレンジをすることによって、
選手はクリエイトする存在になれるのでありますから、
そこでは結果に対する過度なプレッシャーというものを取り除かなければ、
観る人を魅了するようなサッカーはできない、
更には、
結果ということ自体も次第に厳しくなる、
ということでありますよね。

もちろん、
それでも、
いくらプレッシャーを取り除こうとしても、
それには限界があることも多いですし、
観る人に、
期待しないで下さい、
そのようにも言えることでもありませんから、
結局そこでは、
プレッシャーに押し潰されないような、
どんな状況下でもクリエイトできる存在であるような、
プレッシャーを力に変えられる、
そのような強い精神力や思考力を持っている選手、
または、
どのような強いプレッシャーの中でも、
威力を発揮できる技術やフィジカル、
それを持っている選手、
そうならなければならないことも然りであるとは強く思います。

更に言えば、
この「ある程度の自由」という部分の、
「ある程度」とはどの程度なのか、
そこも問題になってきて、
やはり勝利をしたり良いサッカーをする為には、
選手1人1人が100%自由にプレーすればOK、
という訳にはいかないですよね。

選手1人1人には与えられた役割が当然あって、
チームワークや連携を生み出す為には、
1人1人がそのタスクをこなさなければならない、
これは必然であると思いますから、
要するに「ある程度の自由」とは、
その与えられたタスクを担った上での「ある程度の自由」であり、
問題なのは、
そのタスクと自由のさじ加減、
そこにあるということですよね。

その選手のタイプ、
その選手の能力、
その選手の性格、
その選手のポジション、
その全てを考慮した上で、
タスクと自由のバランスはどうするのか、
それを決めることが、
監督の仕事としては重要な部分になるように思います。

選手というのは、試合をクリエイトする存在なのに、
この試合に勝たなければならないというプレッシャーをかけられすぎると、
実際、自分たちの力を発揮できない。
ただひとつのミスを恐れだすと、本当に力が発揮できなくなる。
そういう意味では、やはりグラウンドに出て行く選手には、
ある程度の自由さが必要ではないか。

クリエイトとミス、
タスクと自由、
物事というのは常に相反する2つの事柄から成り立っていて、
どちらか一方だけが絶対的な存在であることは有り得ない、
要するに問題は、
そのパワーバランスをどうするのか、
と言う事であって、
そのより良いパワーバランスの状態を見つけ出し、
常にその状態を保っていようとすること、
これこそが、
本当のベストの状態である、
100%の力を発揮し機能している状態である、
このことは、
全てのことにおいて、
1つの真理であると私は思う訳であります。


このブログは皆様の応援で継続されています。
記事の内容が「興味深い、賛同できる」と思いましたら、


◎ サッカー人気ブログランキング ◎

○ にほんブログ村 サッカーブログ ○

○ サッカー FC2 Blog Ranking ○

上記3ヶ所への応援クリックを宜しくお願い致します。






【2009/08/01 11:45】 | オシムの言葉 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
<<横浜FMvs京都S 「加藤采配不発、マリノスの個人技が光り快勝」 | ホーム | 「なにか歴史に残ることをしよう」 オシムの言葉48>>
コメント
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
→http://kodahima.blog71.fc2.com/tb.php/1420-d9f7e4d3
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |