岡田監督が考える「トップの心得3箇条」について。
「大阪感動大賞」の授賞のために府庁を訪れた岡田監督が、
「トップの心得3箇条」について述べていましたので、
今回はその事について少し書いてみたいと思います。

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○ 「どんな時でもブレるな」

「哲学」とか、あるいは、「信念」とか、それを持っている事は、または、それがブレない事は、やはり、リーダーの条件として、必須ではあると思います。但し、一方では、リーダーには「寛容さ」という事も必要であるし、「時流や時勢を読む」という事も必要で、結局は、その両方を天秤にかけて、常に最善の判断を下していく、それが理想になると、私は思う訳です。
例えば、今回の岡田監督に関する事で言えば、W杯の本当にギリギリまでは、岡田監督の持っている「哲学」とか「信念」を貫き通してきた訳ですが、その本当にギリギリのところまできて、「寛容さ」とか「時流や時勢を読む」という方向へ舵を切った、と言うか、そうせざるを得なかった、という事でありますよね。
岡田監督は、「そんなに大きく何かを変えたという訳ではないんだけどなぁ。我々がやる事、やらなければならない事は、今までと変わらないんで」、と戦い方の変更後もよく言っていたのですが、要するに、守備の設定ゾーンを高くしようと、守備の設定ゾーンを低くしようと、その設定ゾーンの中では、必ず1人の相手に対して2人以上の複数で対応するという事、そして、そのためには相手よりも多く走るという事、そこは変わらないんだ、という事であったと思うのですが、しかし、守備の設定ゾーンを高くするのか低くするのか、その2つの方法には決定的な違いというものがあって、それは、難易度が全然違う、という事ですよね。だから、その切り替えというのは、やはり大きな転換であったと思う訳です。
従って、重要な事は、その「哲学」とか「信念」を、どこに置くのか、という事であると私は思う訳です。代表監督という立場にあって、その「哲学」とか「信念」を、どこに置くのか、自分が理想としているスタイルやシステムを貫き通す事、そこに「哲学」とか「信念」を置くのか、それとも、とにかく結果という事、そこに「哲学」とか「信念」を置くのか、そこだと私は思う訳です。
そして、個人的には、後者、とにかく結果という事、そこに「哲学」とか「信念」を置く、そちらの方が、代表監督という立場においては、やはり正しいのではないかと思う訳です。それはなぜかと言えば、その国らしさというのは、常に結果だけを求めて戦ってきた結果として、いつの間にか確立されていくものだと思いますし、更には、その国のサッカーをどういう方向性へ導こうとするかというのは、代表監督が決めるものではない、それは、その国のサッカー協会であったり、その国のサッカーファンであったり、そういう立場の人たちが決めていくものである、そのように私は思うからであります。
もちろん、岡田監督としては、ハイプレス&ポゼッションのサッカーが、最も結果を出せるサッカーだと考えていたのだと思いますから、そういう事だとは思うのですが、しかしそれは、やはり、時流や時勢を読み間違っていた、見誤っていた、という事だと私は思う訳です。従って、そうやって見誤ってしまったモノを、ブレないでやり続けるというのは、かなり違うと思う訳でして、そういう意味では、リーダーの心得として、「どんな時でもブレるな」、というのは、正解が半分なんじゃないかなぁと思う訳です。
その前に、その「哲学」なり「信念」が本当に正しいのか? という事は考え過ぎるほど考えて結論を出さなければいけないと思うし、どこにその「哲学」なり「信念」を置く事が正しいのか? という事も、よく考えなければならないと私は強く思いますし、その上での、「どんな時でもブレるな」、という事であれば、完全なる正解なんじゃないかぁと思います。


○ 「情に流されるな」

「僕は自分の弱さを知っている。ナニワ節なんで。だから選手とは一線を引いた。選手全員から好かれることはない」と言っていましたから、つまりは、「情に流されるな」、という事ですよね。そしてこれは、他のところでも様々、岡田監督が発言している内容を加味して考えると、つまり「選手選考」という事に関してである訳です。
とにかく岡田監督という人は、そこがすごく気になってしまう人のようで、この選手を外したら、その選手だけでなく、その家族も恨みに思うんだろうなぁ、とか、そういう事まで考えている人みたいなんですね。ただもう、そんなところまで考えていたら、全く切りが無い訳で、むしろ、考えてはいけないと思うんですね。
そのチームにとって必要か不必要か、貢献できる余地があるのか無いのか、そこが判断の第一基準にならなくてはならないと思いますので、そこに「情」を挟む余地というのは、全く無いと言ってもいいかなと私は思う訳です。但し、だからと言って、なんでもかんでも、よく考えもせずにコロコロと選手を入れ替えたり、その場だけの安易な判断で必要か不必要か決めるというのは、言語道断ではありますよね。
要するに、トップというのは、一部の人たちだけの幸せを考えてはいけないし、全体の利益という事を最優先に考えていかなければならない訳ですから、それを考えの基礎に置けば、温情人事などという事をやる余地は発生しないと、私は思うところであります。


○ 「最後は勘」

「新たなチャレンジに裏付けはいらない。答えが分からない決断をするのがトップ」と岡田監督は述べております。確かに、結果がどうなるのか、というものには、保障も確証も全く無い訳で、それでも1つの答えを示して導くのがリーダーの責務ですから、「答えが分からない決断をするのがトップ」、という部分に関しては肯定できますが、しかし、「最後は勘。新たなチャレンジに裏付けはいらない」、というのは、どうなんでしょうかね?
個人的には、どこの判断を、最後は勘という事で決めたのか? また、新たなチャレンジとは、何をやった事を指しているのか? そこを具体的に知りたいなぁと思いますね。例えば、本田を1トップに起用した事。私は、もう3年以上前になりますが、2007年1月28日の「本田圭佑のベストポジションはどこ?」という記事で、本田の長所と短所を考えれば、FWに適性があるのではないか、という事を書いた訳ですが、岡田監督が本田を1トップに起用したのは、同じような判断があっての事ではなかったのか、それともそうではなかったのか、そこがやはり気になるところではあります。
他にも、ハイプレス&ポゼッションを貫き通してきた理由、なぜそれが世界の強豪と戦うベストな戦い方であるという強い確信を持っていたのか、それにも裏付けは無く、勘だったのか、という事も気になるし、守備的な戦い方へ変更した時に、岡田監督の勘は、成功する、成功しない、どちらを示していたのか、そこもかなり気になるところです。
そして、そこによって、岡田監督への評価というのは、大きく変わってくるんじゃないかという気がするんですね。やはり、結果が良かったんだからもういいじゃないか、とか、過去の事はもういいじゃないか、というのはおかしいと思いますし、そういうやって1つ1つの事柄を精査して判断し、総括しておかないと、日本サッカーのレベルアップというのは望めない、そのように私は強く思う訳です。




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【2010/07/14 11:45】 | 岡田ジャパン考察 | トラックバック(0) | コメント(8) | page top↑
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コメント
nozさん、コメントありがとうございます。

選手の自主性という事で言うと、
やはり海外でプレーする選手が増えて、
まずは結果(実績)を示す事が重要、
という意識が高くなったんじゃないかなぁと感じますね。
そしてそういう意識の高まりによって、
上の人が言う事をやって負けたんなら俺たちの責任じゃないから、
という意識ではなく、
選手一人ひとりが責任感という自覚を強く持って、
どうやったら勝てるのかという事を考えるようになった、
それが大きいように、今回は感じました。
【2010/07/16 21:18】 URL | 管理者jube #-[ 編集] | page top↑
報道やコメントから、岡田監督は普段からよく勉強していると感じます。
 しかし岡田監督がトップを語るのは違和感があります。地方自治体の長と代表監督では意味が違うと思いま。クラブチームの監督なら多少意味が近いか。
 「情に流されるな」についてはご指摘のように考えすぎる事への自重だと思う。中小企業のトップであれば逆にモティベーションアップのため必要な能力であと思いますがね。
 「勘」については、どれだけ真剣に考えているか?とそれまでの経験が出てくるだけで、自分の経験と実績に自信があるならば勘に頼るのは良いと思う。ただし、どの場面で勘に頼ったのかは重要ですよね。
 「ブレるな」については、W杯で結果を残すという目的に向かって全員が集中できたこと。それ以外の戦術や戦い方は修正変更して良いことと思います。結果論だったとしても。
 それ以上に果たした役割・功罪という部分に興味がありますね。
 実質、戦術はコーチに、カリスマ・親身になるについては川口に依存し、一番意見を言っただろう長谷部をリーダーに、モティベーターに本田・闘利王、試合中の指摘は中村俊に依存といった報道がある。
 ジーコもオシムも選手の自主性の無さに悩みました。中小企業の社長も「社員が自分と同じくらいのモチベーションで、同じくらい考えて仕事してくれれば」ということに悩みます。個が同じ目的に向かって考えて行動する。組織活性化の極意です。
 そういう意味では功績を感じます。しかし、代表監督=コーチ(語源:目的地に連れていく馬車)という意味で、本当に本気の目標が「GL突破」で満足してしまった。ファンも選手も監督も。その後のインタビューやテレビ出演でそう感じた。本気でさらに上を考えていたのは本田のみだった。ベスト4や優勝という目標が本気だったら、結果も変わっていたように思う。そこまで出来なかったのは残念。まぁ高い目標を達成した頂でしか、次の高い目標は本気で信じられないものですが。
 岡田監督の言葉で「自らが100%出せれば、対戦相手は100%出せない」というのがあるが、監督自身が物足りないくらいで選手の自主性が発揮されたと思うと考えさせられます。
【2010/07/16 08:38】 URL | noz #-[ 編集] | page top↑
イレブンさん、コメントありがとうございます。

戦術変更は、良い方向への転換でしたし、
なんでも変えたら「ブレてる」と言うのは、
ちょっと違うかなぁとは思いますね。
それと、ベスト4と言ってたのに云々という話もよく聞きますが、
最初から「ただの目標」だったので、
それに対してもブレたとかそういう事は、
あまり個人的には思わないところではあります。

私は、森本よりも、
代表で結果を出している岡崎派でしたし、
パラグアイ戦の玉田の投入も、
特におかしな交代采配だったとは思ってないんですよね。
実際、チャンスも作りましたしね。

「堅守速攻への戦術変更を最後の最後で「勘」で行ったとしたら、
監督(マネージャー)として失格ですね」
これは私もそう思います。
そして、松井の交代に関しては、
ちょっと型通りで、
もう少し粘って欲しかったなぁとは思います。
この結果という事に対して、
何が岡田監督の手腕によるもので、
何がそうではないのか、
ある程度しっかり総括する必要がありますよね。


antさん、コメントありがとうございます。

結局、私が思うのは、
家族の気持とか、
そこまで考える必要は無いんじゃないか、
という事ですね。
代表に選考されなくても、
サッカーができなくなる訳じゃありませんし、
その選手の評価が極端に下がる訳じゃない。
その時のコンディションとか、
監督の好みとか、
採用している戦術への適合であるとか、
同ポジションにライバルが多いか少ないかとか、
そういう事も大きいので、
そういう割り切りも普通なんじゃないかと、
私なんかは思うところです。


たけやんさん、コメントありがとうございます。

そうですね。
本文にも書きましたように、
それがどっちだったか、
という事で、
大きく話は違ってくるかなぁと思います。
そして、
他の方へのコメントにも書きましたが、
この結果という事に対して、
何が岡田監督の手腕によるもので、
何がそうではないのか、
ある程度しっかり総括する必要がありますよね。
【2010/07/15 21:09】 URL | 管理者jube #-[ 編集] | page top↑
>「どんな時でもブレるな」
受け取り方だとは思いますが、この言葉を好意的に受け取るのであれば、
信念や哲学がブレない、というのではなく、最終的な目標や目的がブレない、というように受け取ることも出来ますね。
それまでの考え方を捨て、守備的な戦術へ転換させたのも、より勝利に近づけることを目的としたのであれば”目標に真っ直ぐに向かう”という点ではブレてはいない、と解釈することも出来るような気もします。

岡田監督ご自身がブレなかった、という部分が”ハイプレス&ポゼッション”なのか、”ベスト4を狙う”なのかによって解釈は大きく変わりそうですね。


しかし、戦い方を変更したこと自体について批判的になる必要はないと思いますが、変更した時期(つまり戦術変更の判断時期)についてはキチンと検証すべきと思います。

選手選考も終了し、合宿やテストマッチもほぼ終了した段階(普通ならば後戻りできない時期)での変更というのは準備期間やテストの機会を考慮すると、それは一か八かのギャンブル的判断であった、という評価しかできません。

トップの判断にギャンブル的な判断などは要求されませんし、むしろハイリスクになる前に手を打つことを要求されますので、その点で岡田監督の働きはトップに相応しい働きではなかった、と私は思います。

私自身、今回のW杯でのベスト16という結果は満足していますが、この結果をもたらしたのは選手達と考えています。トップ(監督)の判断が遅すぎて、普通ならばどうにもならない状況下だが、現場の者(選手)が団結し死ぬ気でやったら何とかなった、というのが私の見方です。


まぁ、管理者様や私の主張も含め、管理者様のおっしゃる、
> そういうやって1つ1つの事柄を精査して判断し、総括しておかないと、日本サッカーのレベルアップというのは望めない、そのように私は強く思う訳です。
は私も激しく同感です。
協会には結果オーライで終わらせず、キチンと検証して頂きたいものですね。
【2010/07/15 11:45】 URL | たけやん #2Q1Nccu2[ 編集] | page top↑
情に流されるな
う~ん、一番わからない所です。
コンディションの上がらない選手を頑に使い続け、同時にコンディションの良い選手を使わない。
コンディションの上がらない低パフォーマンスなプレーの結果その選手が批判される事に繋がりますし、コンディションが良い選手を使わないと、選手のモチベーションの観点から良い事はない。
選手だってバカではありませんから、自分の現状くらいわかりますし、相方の選手の状態だってわかる。
チーム運営を考えると、物凄くリスキーなやり方。
>選手全員から好かれることはない
は全く持ってその通りなんですが、好かれないまでも、その結果がチーム運営に及ぼすネガティブな影響を極小化する事をどの程度考えていたのでしょう。
南アフリカ大会はベテラン選手のおかげで上手く乗り切れましたが、薄氷を踏む様なものだったんじゃないかと思えます。
ブレルなと勘に関しては同感です。
岡田監督は勝負師としては評価できますが、戦略家、戦術家としてはどうかな?、と思えます。
ただ戦略家、戦術家、勝負師の全てを満足できる監督は、世界中でもそういませんから、だから岡田監督が、と言うつもりもありません。
大切なのは今回の結果を踏まえ、監督となるべき人のキャラクターをキチンと評価把握する事なんでしょうね。
欠点の無い人なんていませんから。
【2010/07/15 09:16】 URL | ant #-[ 編集] | page top↑
1「どんな時でもブレるな」
 最後の最後ぎりぎりのタイミングでの戦術変更(アンカーを置く3ボランチへの変更、本田の1トップ起用)は、ブレでしょう、明らかに。中村俊輔と内田の不調が大きな要因と思います。戦術的に鍵を握る選手に拘泥しなかったことは有り難いことです。
 チーム作りとしてはどうなんでしょう。2年間という準備期間がありながら、戦術的にはほとんどぶっつけ本番でした。
 ハイプレス&ポゼッションは、中村俊輔と内田がいなければできない戦術でしょうか。
 岡田監督のマネジメント能力の低さが露呈しましたね。
 ベスト4という目標も、パラグアイ戦後に「もう1試合やらせたかった」とコメントしていましたが、それはベスト8でしょう。ブレてます。

2「情に流されるな」
 岡田監督の選手起用は、ジーコほどではないにせよ、いわば年功序列、実績優先を感じました。
ワールドクラスの相手には仕事をさせてもらえない岡崎を第1オプションとしたり、パラグアイ戦で玉田をピッチに送り出したり。いわばこれまでの功績を重んじており、情が入っているのではと思います。
好調の前田(ジュビロ)が落選したり、ワールドクラスのディフェンダーと日常的に対戦している森本を起用しなかったり。
森本だってドイツのミュラーとかメッシとかと年齢かわらないのに。
年功序列サラリーマン的な身内の情を感じますね。

3「最後は勘」
堅守速攻への戦術変更を最後の最後で「勘」で行ったとしたら、監督(マネージャー)として失格ですね。2年間の積み上げは何なんだと疑問が残る。

勘を働かせるのは選手交替では必要でしょう。
これまでの実績ではなく、勝負師として「勘」を働かせる。しかし今回のWCでは試合の流れを変える交替が見られなかったと思います。

パラグアイ戦、狙われていた日本の右サイドを放置するのではなく、駒野に替えて内田を投入するとか、疲れが見えていた大久保のポジションに本田を下げ、森本を投入するとか、たらればですが、どうなっていたかなと考えたりします。

中村、岡崎、玉田の交替で試合の流れが変わったとも思えないし、「勘」が働いていないのかなと見ていて思いました。

あの試合の選手交替は、これまでの実績重視のあらかじめ決められたシナリオどおりという印象でした。

スピリットにあふれた戦いぶりは見ていて清々しく、結果オーライなんでしょうけれども、岡田監督には最後まで失望させられました。

どうしても岡田監督の話になるとネガティブなことばかりになってしまいます。
【2010/07/14 23:46】 URL | イレブン #-[ 編集] | page top↑
feさん、コメントありがとうございます。

私が言わんとしていることと、
論点が違いますね。
要するに、トップが決断を、
勘で決めていいのか?
新しいチャレンジをする時に、
裏付けもなくやっていいのか?
という事ですね。
そして、それ以前の重要な問題として、
そもそも本当に、
そこに裏付けとなる理由はなかったのか?
あったんじゃないのか。
もしそれを見つけられず、
たまたま勘で結果が良かったという事ならば、
それを評価していいのか?
という事です。
「勘」ってどういう事なのか?
という意味を問うた疑問符ではありませんよ。
【2010/07/14 21:38】 URL | 管理者jube #-[ 編集] | page top↑
>「答えが分からない決断をするのがトップ」、という部分に関しては肯定できますが、しかし、「最後は勘。新たなチャレンジに裏付けはいらない」、というのは、どうなんでしょうかね?

「勘」って言い方はしてますが、「裏付けがない」というのはわかると思います。
たとえば、右が正解が80%、左が20%だとして、ふつう右に行きますが、結局は100%にはなりえない。確率は高くても失敗だってありうる。
そうした時、あえて左に行くのだって間違えじゃない。正解すれば。
間違えて責任取るのは誰だって、結局監督に責任が来るのだから、右の方が確率が高かったから…といいわけできないということだと思います。
そういうのって、言ってみれば「勘」ですよね。

【2010/07/14 19:25】 URL | fe #-[ 編集] | page top↑
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