岡田武史の挑戦 ~監督という職業~ part2
2010年7月26日、
WOWOWノンフィクションWという番組で、
「岡田武史の挑戦 ~監督という職業~」という放送をしていましたので、
今回をそれを元に書いてみたいと思います。
赤はナレーションや聞き手。
青は岡田監督の言葉。
黒は私の感想という事になっています。

記事を読む前に、
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○ 本田を1トップにした理由

本田の1トップというのは、
いつ頃から頭の中にあったんですか?

「そりゃもう去年から、本田がどうしても、サイドやトップ下で機能しなかった時に、去年から考えてたけど、やっぱり最終的に、フェンロンからモスクワへ行って、その試合を観に行った時に、日本が得点する可能性、その希望の星だと思ったんですね。例えば、カメルーンだ、オランダだ、デンマークだ、となった時に、ちょっとそう簡単には点は取れないなと。ところが、この本田という選手が機能したら、点を取る可能性、希望が出るなと。で、その頃からもう、真中で使おうという事を決めた。サイドじゃない、こいつは絶対真中で使おうと。それで、真中のトップ下で起用したけど、じゃあ、1トップは誰がやるんだという話がいろいろ出てきて、勇樹をこうしたら、トップ下がいなくなると。じゃあ、本田を1トップでいこうと」

「あの最終キャンプに来た頃から、松井と大久保が、練習が凄いんだわ。あれ? っていうぐらい。やっぱりそうやって、落ちていった選手もいれば、上がってきた選手もいる。川島もそうだし。川島もビックリするぐらい伸びてきたし、プラスマイナス考えたらプラスかも知れないなぁと。うん、そういうふうに思ってたね、あの頃は」


しかし、イングランド戦とコートジボワール戦では、本田を右サイドで起用したし、という事は、トップ下がいない3ボランチという布陣へ変えた時に、まずイメージとしてあったのは、本田=俊輔、という事だったと思うんですね。そして、その前には、本田をトップ下で起用し、俊輔を右サイドに起用した形というのが、まずは第一にあったと思う訳です。
従って、思考の経緯としては、最初に、本田をトップ下で起用するという事があって、しかしそれは、本田のプレーが云々という事だけではなく、戦い方の方にその不具合の原因が大きくて、3ボランチシステムに変えた時に、最初のイメージとしては、トップ下を無くすというイメージよりも、横にシフトさせるというイメージ、つまりは、以前までのイメージと同じという事で、不調になった俊輔に変えて、右サイドに本田を起用した、という事だと思うんですね。
但しそれだと、岡田監督のイメージしているカウンターサッカーのそれとは違い、本田が右サイドの低い位置で起点となるプレーをする事になってしまうし、前が以前までの2トップに近い形ではないので、なかなか攻撃が形にはならず、それならどういう形が一番機能するのかと考えた時に、本田はやっぱり前の中央で起用した方が良いという事があって、更には、大久保と松井というサイドプレイヤーの調子がグッと上がってきたという幸運もあったので、最終的に残った形というのが、トップ下を無くすのではなく、トップを無くすというイメージの方で、なぜ本田を1トップで起用したのか? という事に関して言うと、俊輔の不調と、逆に、大久保と松井の好調と、そういう想定外の要素から、ある意味では、消去法的に生まれてきたものだと、私は思う訳ですね。
正直、「そりゃもう去年から、本田がどうしても、サイドやトップ下で機能しなかった時に、去年から考えてたけど」、という事は、にわかには信じられないところがあって、それならば、岡崎や俊輔がちょっと調子を落としたきたとか、森本と平山に起用する目処が立たなかったとか、そうなってきた時に、もっと早い段階から、本田を1トップで起用するという試みをするのが普通だと思いますし、その兆候がどこにも感じられなかったという事は、本田の1トップというのは、本田が云々という事がまず第一にあったのではなく、周囲の状態がまず第一にあって、その中で、最終的な選択肢として、本田を1トップに起用するという事しか残っていなかった、そのように私は思う訳ですね。
やはり岡田監督には、最後まで、最後の最後まで、「4-2-3-1」という形への拘りがあって、本田を右サイドにして、長谷部をトップ下に起用してみたり、本田を1トップに起用した後も、大久保をトップ下に起用してみたり、それはなぜかと言えば、やはり、ハイプレス至上なので、前の人数を減らしたくない、そういう考え方があったからだと思う訳です。
しかし、そこには、岡田監督と選手との間に乖離というものが発生していて、選手は退いてゾーンを作って守るという方を優先したし、その方がやりやすいと感じていたし、実際、やりやすかったと思うし、従って、「4-2-3-1」へした時にも、岡田監督が狙っていたハイプレスではなく、「4-4-1-1」的な退いてゾーンを作るという方になって、そこが、この結果という事に対して、果たして、岡田監督の手腕的なものが、どこまで影響を与えたものであったのか、重要な検証部分になると思う訳ですね。


○ メディアとの距離感

私はメディアが望むような人間にもならないし、
期待されている発言もしない。
私は他人のシナリオの一部にはならない。(ジョゼ・モウリーニョ)

「まあ、98年の時は、最初は初めてで分からなくて、監督になった時から予選の途中で監督になって、もう、記者会見なんていったら、もう喧嘩腰で、僕より年上の記者も多かったですしね。みんな、お前は、という感じの呼ばわり方の、記者会見みたいな、喧嘩腰のような感じで、自分自身も若かったですし、それに必死になって対抗して突っ張って、なんでですか? ってこうやって理屈で返していって、やりあってたという感じだった。
でも、そうやってやりあうという事よりも、自分にとって一番大事なチーム、チームの中に対して、僕が喋る事がどう伝わるだろう、それだけ考えてるんですよ。だから、周りの人にどう思われるとか、そういう事は別にいいと。いま、俺がこういう発言をする事によって、俺の選手やスタッフはどう思うだろうと。もうそれだけを考えてますね」

「不器用なのは認めますし、ただ、僕は自分を曲げたくないんですよ。僕がもうちょっとメディアに上手くやれば、もっとなんか人気は出るかもしれない。みんな言う。お前のその本当のキャラクターを出したら、もっと人気だって出て、CMだって・・・(苦笑) 別に、僕はそのために、自分を曲げたくないんですよ。それはやっぱり、日本中の周りの人は誰も気にしていない。でも、俺の子供は見てるんですよ。オヤジはこういう事をやって、こういう事を言ってたのに、なんだオヤジ、やっぱり持ち上げられたいんだなぁと。もう子供にやってあげられる事は、生き様を見せるしかないと思っているから。本当に犠牲にしてきましたよ、サッカーのために。子供を構ってあげられない、僕が負ければいじめられる。いろんな事があった。それでも頑張ってくれた。その最後は、子供に自信を持って、自分の信念を貫いて生きていると言えるかと。それを自分に問いかけていますよ。
だから、もっと上手くやった方が良いと、それはわかりますよ。それも、やる自信もあるんですよ。やろうと思えば。でも、いいんですよ、僕。周りの人に批判されたり、それで上手くいかなかったり、孤立したり、そういう事があっても、家族さえ信じてくれればそれでいんですよ。まあ、あんまり、こういう監督が1人ぐらいいてもいんじゃない?(苦笑) ややこしいやつが(苦笑)」


問題は、メディアとファンというのは1つではなく、メディアが望んでいるものと、ファンが望んでいるものと、それは必ずしも一致していないというか、ほとんど一致していない事も多いと思う訳ですね。じゃあ、どれだけのファンが、岡田監督がタレントのように振舞う事を望んでいるのかと言えば、それはほとんどそういう人はいないと思う訳です。それに、結果が出ていて、チーム状態が良ければ、ジョークの1つや2つぐらい自然に出てくると思うし、いつも難しい顔をしているという事も無いと思う訳です。
メディアというのは、すごく良くても、すごく悪くても、記事になって、話題になって、とにかく盛り上がれば良いし、オシムのように、発言が記事になるのならば、結果がどうであっても別に構わないと考える部分もあると思うし、しかし、ファンというのは、そういう心理じゃなくて、すごく良ければ盛り上がるけど、すごく悪ければ離れていくし、いくら監督のキャラクターが面白くても、それと結果や内容とは別問題だと考えていると思いますので、対メディアという事も重要なんですが、対ファンという事も、それ以上に重要視して欲しいと思っている訳ですね。
メディアがどう伝えているのか、という事が重要な訳ではなくて、ファンがどう思っているのか、そこが重要だと思う訳です。実際、ファンはメディアを通してのみ代表や監督や選手を見ているのではなく、そういうものに左右されないで見ている人も多いし、結局、そういうファンが何を一番望んでいるのかと言えば、監督は孤独だとか言うけれど、一緒に考えたい、手助けをしたい、そう考えていると思うし、しかしそのためには、真実を知りたいと思っている訳で、メディアがやっているような、必要以上に誇張して感動を演出したり、素晴らしさを作り上げたり、その逆に、必要以上に危機感を煽ったり、ボロクソに批判したり、そういう事を望んでいるファンというのは、ほとんどいないと思う訳ですね。
要するにメディアというのは、媒体、仲介者にしか過ぎなくて、重要なのは、その先にいる人たちに何が伝わっているのか、という部分で、岡田監督は、選手とか、スタッフとか、家族とか、そういう人たちを意識して喋るようになった、と言っていますが、もちろんそれは正しいと思う訳ですが、しかしそこには、ファンという重要なパーツも存在している事を失念して欲しくはない訳で、そして、メディアとファンを同一視して欲しくはない訳で、メディアに対してではなくファンに対して何を語るのか、ファンに対して誠実であるとはどういう事なのか、そこを強く意識すれば、対メディアという事に、それほど神経を尖らせる必要は無くなるのではないか、そのように私なんかは思う訳ですね。「だって、ファンはそんなこと望んでないでしょ」という言葉があったら良かったのになぁと思います。


○ 目標をベスト4に定めた理由&チームの一体感が生まれた理由

「目標をベスト4と言った時に、なんで言ったのかと言ったら、このままだったら、W杯で勝てないと。絶対勝てないと。だからお前ら伸びなきゃダメなんだと。ベスト4に入るために、日々こういう事をやってくれなかったら、このままだったら絶対勝てないぞと。だから、伸びる可能性のある選手を、僕はずっと選んできたつもりなんです。そして、伸びてきた選手もいる。
それと、もう1つは、日本が本当に勝つ為には、ゾーンとかフローとか(集中力が極限状態に高められた時、周囲の景色とか音が意識から消える状態)、いわゆる無心の状態。いろんなスポーツの最高パフォーマンスの時というのは、もう、覚えていない。ところがこれは、入ろうと思って入れるものじゃない。ある時、無心になって、入れるものだから。それを集団で入るような状況、そういうものをしないと、1+1が2だったら絶対勝てないと、1+1を3にするためにはそういうものが必要だと。
ああやって連敗して、危機感を持っていって、そういう時はチャンスなんだと。チャンスなんだけど、どうやって入れたらいいのか分からない。分からなかった。どうやって入れたらいいか分からない。ところが、みんながそういう危機感を持って、このままじゃヤバイぞ、やんなきゃ。監督に言われたことをこうやって、戦術がこうだからとかじゃなくて、俺たちがやるんだって、こう、ぐーっと、そういう状態を作らなきゃ、絶対勝てないと思ってた。
だから、それを何とか作ろうと思ったら、偶然、負けようと思って負けたわけじゃないけど(苦笑)、4連敗して叩かれて、とか、いろんな事があって、そして、1つの方向性が見えて、あ、これならイケるかもしれないって、みんなが手がかりのようなものを持った時に、で、カメルーン戦に勝った瞬間に、入っちゃったと。
そして、オランダ戦で、あ、ここまでやったら、俺たちが攻めて行ったら、このレベルだったら、カウンターを受けて大ピンチになったシーンが2回あったよね。やられるんだなと。そういうのを、体感でわかりだした。このレベルの相手だったら、こういう事をやったらやられるなと。こういう事やったら、ここまで通用するなと。これはもの凄かったよね。で、チームは本当に完全に1つになっちゃったから、素晴らしいチームでしたよ」


私が思うには、岡田監督も言っていますが、いわゆる無心の状態、というのは、やはり、作ろうとしても、作為的には作れないものだと思う訳ですね。個人が、個人として、そういう状態を作るというのは、トレーニングで可能な部分もあるとは思っていますが、それを集団として作為的に作り上げようというのは、かなり難しいと思う訳です。
但し、それを一体感とか、イメージの共有とか、意識統一の徹底とか、そういうものでもあると仮定するならば、それは作為的に作り上げる事が可能だとは思う訳です。そして、危機感というのは、自ら作り上げるものでも無いと思うし、負けようと思って負けた訳じゃないけど、偶然、そういうものが生まれて、しかし、危機感が全て好転するという事ではなくて、そこから更に崩壊へと転がり落ちる事もあるし、じゃあ逆に、成功体験が全て良い方向へ向かうのかと言えば、それが集団を崩壊させる原因になる事も多々あるので、結局は、集団という事であっても、個々の意識がどうなっているのか、そこが重要なファクターになっていると思う訳ですね。
今回の日本代表には、海外でのプレー経験がある選手も多かったし、ドイツ大会を経験した選手も多かったし、これから先に進んでいこうとする若手選手もいたし、そういう選手たちが本音を語り合うなかで、何が大切なのかという意識を共有する事ができた。または、そういう個々の選手たちの意見を擦り合わせて、1つの方向性を見い出し、そこに向かって全員が進もうと決意した。そういう事によって、今回のチームは良いチームに成り得たと思う訳ですね。
そして、カメルーン戦に勝ち、オランダ戦に学び、デンマーク戦では最高に良いものが出た。そこに岡田監督も凄さを感じたし、選手も成長を感じたし、ファンも手応えを感じた。だから、守備的な戦術だったから未来が無いんだとか、今までやってきた事を変えたからダメなんだとか、そういうのは、物事を表面からしか見ていないという事で、重要な事は、今回のW杯で、日本代表というチームが、もっと言えば、日本のサッカー自体が、世界で戦うためには何をしなければならないのか、どうならなければならないのか、という事を体感で学び得たという事で、それは、日本よりもサッカーの歴史が長い国でも、まだそれを体感として学び得ていない国というのはあると思いますので、そこを見抜く事ができれば、今回の戦いが、結果も、もちろんそうなんですが、そこだけではなく、日本サッカーが体感として学び得たモノという事を考えれば、それが確実に未来への糧となるものであったという事が、理解できると思う訳ですね。
守備的なサッカーに未来を見た訳でもない。アウェイのW杯で勝利し、ベスト16へ進出した事に未来を見た訳でもない。選手も、ファンも、つまりは総じて、日本のサッカーというものが、未来への足掛かりを掴んだという事で、要するに、考え方という部分を、体感、実体験を通じて、より良きものへと変えていくキッカケを掴んだという事で、それが希望の光だと感じる部分である、という事であります。




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