岡田武史の挑戦 ~監督という職業~ part4
2010年7月26日、
WOWOWノンフィクションWという番組で、
「岡田武史の挑戦 ~監督という職業~」という放送をしていましたので、
今回をそれを元に書いてみたいと思います。
赤はナレーションや聞き手。
青は岡田監督の言葉。
黒は私の感想という事になっています。

記事を読む前に、
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○ 世界で勝つための「経験」と「歴史」。

W杯で見た日本の印象は?

ジョゼ・モウリーニョ

日本は組織化された良いサッカーをしていましたが、
今後4~12年でのW杯制覇は難しいでしょう。
しかし、進むべき道は、決して間違っていません。
もはや日本は、どの国にとっても、
簡単に勝てる相手ではないでしょう。

「じゃあ、スペインがいったい何年かかったのか。W杯で優勝するのに何年、プロ作ってから何年かかったのか。そんなね、日本だけがポンとおいしく、おいしいとこ取りとか、そうはいかないですよね。やっぱり、毎回W杯のたびに言うんだけど、解説している時も、日本のサッカー程、急激に伸びてきたところは無いと思うんですよ。ほんとこれは、みんな、子供の指導者から、大人の指導者、サポーター、メディア、協会のスタッフ、いろんな人の力だと思う。こうやって、レンガをどんどん上に積んできたと思うわけです。急激に登ってきたけど、ずっと上に積んでいたら、倒れるんですよ、やっぱり。どっかで横にも積まなきゃいけないんですよ。それが歴史なんですよ。ところが、毎回、ちょっとW杯で負けた。オランダだってW杯出れない時もあったんですよ。スペインだって出れない時あるわけですよ。そういう、少なくとも、関係者は、そういう長いスパンで物事を見ていかないと、いけないと僕は思うわけですよ。やっぱり、僕らがこうやってベスト16へ行けたというけど、僕らだけでホントに行ったの? それこそ、初めてW杯に98年に出て、そのあとにトルシエが、オーストラリアのシドニーオリンピックで決勝Tに行って、また、2002年にベスト16入って、いろんな、いや、もっと昔から、いろんな人の積み重ねの上に、僕らがある意味、ちょこっと置いたかも知れないんです。そういうもんだと思うんでね」


ずっと上に積んでいたら倒れてしまう。やはり、どっかで横にも積まないといけない。この考え方は、私は大きく強く賛成するところなんですね。但し、そのプロセスというか、横にレンガを積む方法に関しては、岡田監督と正反対なのかも知れないとは思う訳です。私は、難しい、高度なサッカーをやり続けて、だから最初は結果を伴わなくても良いんだ、その負けの積み重ねが歴史になるんだ、という考え方には反対で、最初は、簡単なサッカーから始めて、それである程度結果を出したら、中程度のサッカーに進んで、最後には、高度なサッカーまで辿り着く。当然、敗戦だって大きな糧にはなるし、どんなサッカーをしようと、勝つ事もあれば負ける事もある訳ですが、私は、成功体験と失敗体験というのは、小さいモノの積み重ねであった方が良いと思っているんですね。大成功や大失敗というのは、あまり良い方向へ物事を導かない。小さな成功体験、ダメージの小さな失敗体験、その両方の体験をバランス良く積み重ねていく事、それが歴史になるというか、最善の歴史になると考えている訳です。
そして、今回の事で言えば、当然、W杯に出場できない、という事は大き過ぎるダメージになるし、また、前回大会での惨敗を受けているという事を考えれば、今回のW杯でも同じような惨敗となっていたら、それも大き過ぎるダメージになる。更に言えば、もしベスト8とかベスト4とかに進出していたら、個人的には、大き過ぎる成功体験になってしまって、その後にあまり良い影響を残さなかったのではないか、とも考えていて、だから今回の成績、結果というのは、本当にベストだったんじゃないかと、思っている訳です。
日本のサッカーは、Jリーグが発足してから、右肩上がりに成長してきて、しかしそれは、一時的には、アジアの上位にまで一気に躍進したけれども、また最近は、アジアの他の国も伸びてきて、更には、オーストラリアがアジアに入ってきたりして、相対的に、アジアの上位という枠の中では、少しその順位を下げてきていると思う訳で、やはりそういう状況の中で、高い目標ばかりを見て、結果に拘らないみたいな事をやっていると、大きく低迷してしまう危険が大きいと思う訳ですね。
そしてそれは、Jリーグ改革に関しても同じ事で、今の段階で、外国人枠を撤廃した方が良いとか、無理やりチーム数を増やしたりだとか、どこかのリーグの形式を無理やり持ってきてしまおうとか、そうやって、横にレンガを積むのではなく、縦にばかりレンガを積もうとする事は、かなり危険な事で、特に外国人枠に関しては、そんな簡単に、撤廃して競争を煽れば良いという問題では全くなくて、そんな単純な思考では絶対ダメで、実際、それによる失敗の実例がプレミアでもセリエでも出ている訳ですから、そういう事を無視して根拠の無い主張を言い張るだけというのは、全く価値が無いし、それどころか、害悪にもなっていると、私なんかは思う訳です。
千里の道も一歩から。サッカーに関わる全ての要素が一緒に成長していく、それが横にレンガを積むという事であって、歴史を積み重ねるという事であって、しかしそれは、それをスピードアップさせる事はできる訳で、つまり、横にレンガを積むスピードを速くする方法はある訳で、そして、今の日本サッカーがやらなければならないのは、まさに、横にレンガを積むスピードを速くする事なんだ、という事である訳ですね。


○ 岡田武史が考える理想のサッカー。

監督の理想のサッカーというのは、
どういうものなのかなと。

「理想のサッカーというのはね~、どういうのだろうね~?(苦笑) まあ、非常に、抽象的になるのかもしれないけど、僕はやっぱりね、美しく、ポンポンポンポンと、やるだけじゃダメなんですよ。やっぱり、もう選手がひたむきに必死になって、相手のゴールを目指していく。で、一体になって、僕は、今までいろんなチームを作ってきて、人を感動させるって、バルサとかレアルみたいに、おお~、素晴らしいサッカーだな、という感動も1つあるんだけど、な~んだこいつら、こんなに頑張って必死になって・・・、そういう感動の方が大きいんですよ、結構。俺の中には、やっぱり、バルサのようなサッカー、戦術的にはああいうサッカーをするのが、日本には良いと思うんだけど。やっぱり見てる人が、心打たれる、そのひたむきさ、その必死さ、そういうものに、心動かされるようなね、サッカー。だから僕は常に、アグレシッブに、ハードワークしろと。で、それも、言われてやるんじゃないと。自ら、中から湧き出るように、生き生きと、目を輝かせて、選手がピッチの中で目を輝かせて躍動しているような、そういうのをやらせたい、見たいんだよね。戦術的に言ったら、理想は、こうやって、ああやって、外から攻めて、とか、あるのかも知れないんだけど、僕は理想のサッカーというと、どちらかと言うと、そういう方向なんですよね」


私の理想のサッカーは、ある意味では、青臭い言葉で言えば、友情のサッカー、というモノなんですね。岡田監督は、上記の部分以外のところで、ブラジルのようなチームがチリのように走ったらどうなるんだろう、そういうのをやってみたい、というような趣旨の事も言っていた訳ですが、私は、あまりそういうチームには魅力を感じなくて、どちらかと言えば、長所と短所を持ち合わせた選手が集まっていて、それぞれが適材適所に配置され、役割をある意味では限定的に与えられ、その役割を全うする事で、相互補完関係になり、短所が補われ、長所が更に輝く、そしてその上で、結果も出せる、そういうサッカーが理想だと考えているんですね。
但しこれは、個の弱さを組織で補う、という事とは違う訳です。当然、アジアと戦うならばアジアレベルで、脱アジアと戦うならば脱アジアレベルで、ある一定基準以上の総合的な個の能力というのは絶対必要ですし、また、その長所が武器と呼べるものにまで達していなければ、他を援けるという事もできない訳で、そこは、やはり、絶対に勘違いして欲しくない部分ではあります。
従って私の場合も、岡田監督と同じように、理想のサッカーは? と問われた場合には、理想としているようなシステムとか戦術とか、そういう固定的なモノは何も無くて、攻撃的であっても良いし、守備的であっても良いし、ポゼッションスタイルであっても良いし、カウンタースタイルであっても良いし、とにかく、その外見的なモノというのは、どんなものでも良くて、要するに、前述したようなサッカーで、惚れ惚れするような機能美を生み出せているモノ、そこに理想のサッカーを感じる訳です。


○ 後記

と言う事で、4回に渡って、「岡田武史の挑戦 ~監督という職業~」、という番組を基に、様々な事を述べてみました。ちなみに、全ての部分を掲載した訳ではなく、私が関心を持った部分のみを抜粋していますので、もしこの番組が気になった場合は、本作品を観て頂くのが良いのかなとは思います。
そして、全体的な感想なんですが、まず、岡田監督は、とても文章にし難い喋り方をするなぁ、という率直な感想を持ちましたね(苦笑) なんというか、その、思考が途中分散してしまうというか、もちろん、思考というのは、ある思考の途中で、また別の思考が生まれてきたりするし、その繰り返しが思考でもあるので、それはそうなんですが、やはり、岡田監督の持っている答えというのか、そういうモノが、強いインパクトとしては伝わって来ないんですよね。
当然、そういう答えのようなモノは持っていると思うし、それは理解できる訳ですが、しかし、いわゆる名将と呼ばれている世界の監督の言葉に比べると、その答えがボヤけて見えるというか、なんとなく、そうなんじゃないか、というレベルにある、というのか、だから、なかなかその言葉というのが暗記できなくて、ちょっとそれを文にするのに苦労したなぁ、という感じがあったんですね。
やっぱり、言葉というのは文化であると同時に、思考そのモノでもあると思うんですね。従って、言葉の明瞭さというのは、思考の明瞭さにも繋がっていて、もちろん、明瞭であれば良いという事ではなくて、いかに明瞭な思考とそれを言葉で語る事ができても、その思考が間違っていたら意味は無いというのは、然りではある訳ですが、それでも、言葉や思考の不明瞭さがあるよりは、強さは発揮できると思う訳です。なぜならば、言葉と思考が明瞭であれば、より正確に伝えて導く事ができるからですよね。
従って、今回、こういう作業をしてみて、より判った事は、やはり岡田監督という人の哲学と信念とか、理想とするサッカーとか、チームを導く手法とか、その他の事に関しても、解ると言えば解るし、解らないと言えば解らないし、ハッキリ明確なようで、そうでもない感じもあって、そして、そういう感じというのが、やはりサッカーにも、岡田ジャパンというなかにも、感じられていたと思うんですね。そしてその思考が、過去の成功と結び付いたり、または、偶然にも現在の成功に結び付いたりすると、急に照準が合うようにピタッと嵌る時があって、しかしそれが、長い間さ迷う事も多くて、そこが何か、書いても書いても、モヤモヤが残る感じなんですよね。
別に、解かり難いとか、そういう事ではなくて、岡田監督の中にあるものが、ある意味ではフワフワしている部分もあるので、そういうフワフワしているものは、こっちもフワフワした感じでしか捉えられないので、それが、ちょっとこの4回のエントリーを書くにあたり、難しかったところでしたね。




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【2010/08/02 11:45】 | 岡田ジャパン考察 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑
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コメント
イレブンさん、コメントありがとうございます。

おそらくは、とても集中していて、
夢中になってゴールを目指している、
一生懸命になって守備をしている、
そういう観る者をグッと引き込むような、
そういう状態のサッカーの事だと思うのですが、
それを第三者の手で作為的に作り出すというのは、
かなり難しい事かなぁと思いますよね。
そして、監督に対して何を要求するのか、
という部分で言えば、
日本サッカーの確立みたいなものは、
やはり監督に丸投げというのはおかしいですよね。
これからは明確にビジョンのようなものを提示しておいて、
それを実現してくれそうな人物に監督を任せる、
そういう事が必要になってきますよね。
また、そのためにも、個のレベルアップ、
全体的な層の厚みというものを実現して、
そこから日本らしいサッカーというものを見い出していく、
それが求められてきますよね。


初めまして。さん、コメントありがとうございます。

少なくとも最終選考の前に、
今回のような路線変更をしていれば、
もう少し新たな路線にフィットした選手を選べていたのではないか、
という事はやはりありますよね。
それから、文についてなのですが、
読み辛いという事はあるのかもしれませんが、
今の形式の方が、
私にとっては自分の思いを書きやすいという事もありますし、
記事全体の長さという事もありますので、
この形式のまま、
そのなかで読み取って頂けると嬉しいです。
【2010/08/05 21:40】 URL | 管理者jube #-[ 編集] | page top↑
時々、拝見させていただいております。

今回の「岡田の挑戦」などあまり他サイトに無いコラムなど興味深いです。

マスコミが急に岡田氏を持ち上げていますが、結局は様々な点で自分の理想に固執しすぎ、最終段階の本番直前まで気づけていなかったのだと思います。

アジアレベルでしか点の取れないFWやピークを過ぎたスター選手・守りきるためのFWではなく、香川や石川・金崎などのサイドで勝負できる選手を選出していれば、パラグアイ戦も違う結果になったかもしれません。

追伸
できれば本文を途中での改行と文章をもう少し短く区切って下さい。字が細かいこともあり、多少読みづらいです。
【2010/08/04 17:41】 URL | 初めまして。 #-[ 編集] | page top↑
「理想のサッカーというのはね~、どういうのだろうね~?(苦笑) まあ、非常に、抽象的になるのかもしれないけど、僕はやっぱりね、美しく、ポンポンポンポンと、やるだけじゃダメなんですよ。やっぱり、もう選手がひたむきに必死になって、相手のゴールを目指していく。」

ファイティングスピリットというやつですかね?
サッカーは基本的に格闘技の要素があり、ルールのある戦闘なわけです。選手がひたむきに必死になって、相手のゴールを目指すことは当たり前のことでしょう。

例えば、ラグビーや空手、柔道を見ると、日本人でも非常にファイティングスピリットを感じます。その点、日本のサッカーは物足りなさを感じることが多いですね。

確かに岡田監督の言葉は釈然としないというかテレビ解説者的な場当たり感が残るというか、抽象的ですね。

よく、「我々のコンセプト」という言葉を何度も言っていましたが、あれは何だったんでしょう?
未だにそのコンセプトが何なのか理解できません。選手が必死になってファイティングスピリットを見せることでしょうか?

もしそうであれば、日本人のサッカー観を変えていく必要があります。これはもう小学生の頃から培うべきコンセプトもしくはメンタリティでしょう。良い選手とは何なのかというところから問い直す必要があると思います。
サッカーとはラグビーと同様、ボディコンタクトのある戦闘なんだ、基本的には1対1のボールを介した格闘なんだという考えをベースに置く必要があると思います。

ところで、ブラジルでは代表はセレソン(ポルトガル語)=セレクション(英語)=選抜チーム、代表監督はセレショナドール(ポルトガル語)=セレクター(英語)です。

つまり、代表監督は選手を選抜する者であり、ベースとなるチーム戦術を与えて、適切な選手を選び、適切なポジション、役割を与える。これが主な仕事。

日本の場合、それ以上の仕事を求められている感じがあります。日本サッカーのスタイルや価値観の醸成まで求められる。これは結構、酷なことです。

国を代表するとはいえ、たかが選抜チームです。
「世界と戦える」適切な選手さえいれば、ある程度のチームは出来るでしょう。

そして、その適切な選手は1人2人では絶対駄目で、チーム全体が適切な選手で構成されていなければいけない。ライアンギグス(ウェールズ)、リトマネン(フィンランド)、カラーゼ(グルジア)、イブラヒモビッチ(スウェーデン)など、傑出した個がいても代表チームとしては強くないですもの。

やはり、要は「個の能力の向上」。
そして、横への積み上げということで言えば、全体として個のレベルアップを図り、層を厚くすることでしょう。

そのためには、Jリーグの活性化、レベルアップが必要不可欠で、私は、アジア人枠を2人に広げてでもして、アジア内で確固たる地位を確立することが早道だと考えています。

いやはや、いつも楽しく読ませてもらっています。鋭い分析には脱帽です。長文失礼しました。
【2010/08/03 23:55】 URL | イレブン #-[ 編集] | page top↑
psycoroさん、コメントありがとうございます。

それこそ、
全員参加型である事が、
やはり望ましいですよね。
はっきり言って、
ファンにはもうそのための準備ができていると思うのですが、
現場の人たちの方に、
まだそのための準備ができていない、
そのように感じます。
もしくは、あまりそれを望んでいない、
という部分も感じますよね。
しかし、全員参加型にしないと、
横への積上げというのは厳しいと思う訳で、
そこを現場の人たちがどう切り替えていくのか、
そこがこの先は問われてくるように思います。


るPさん、コメントありがとうございます。

結局、監督という職業は、
仲介者であると思う訳ですね。
協会なり、ファンなり、
そういう人たちが思い描くサッカーを、
実際の現場で具現化させる職業で、
なにかそれを具現化できない理由があるならば、
それを示して納得させてもらう、
そういう職業でもあると思う訳です。
そして、そのための手法というのは、
千差万別であって良いとは思う訳ですが、
そこが監督の個性とか能力とかになってくると思う訳です。
つまり、創作という部分が、どこの創作なのか、
という事が重要で、
そこが正しいところで明確になっていれば、
ある意味では、フワフワ感というのは、
消えていくのではないかと思いますよね。
【2010/08/03 22:13】 URL | 管理者jube #-[ 編集] | page top↑
いつも楽しく拝見させていただいてます。

岡田監督の思考はフワフワしてるとの感想でしたが、確かにW杯まえの監督はかなり不安定な雰囲気でしたよね、しかし寸前で選手達が開き直り前向きなエネルギーを出して来た時、
不安定でフワフワだったから選手達も自分達のエネルギーを発揮できたのかもしれませんね。

フワフワではなくなんらかしらかのモノがあったらそのエネルギーも発揮させてもらえなかったかもしれません。

そう思うと本当に今回のW杯の健闘というものは、奇跡の様な話で日本の神か何者かのご加護のような気がしてきます。

すみません、何だかおかしな括りになってしまいまして… 

後、サッカーというものが創作活動というものだとしたら、岡田さんはやはり向いてないかもと思います。
創作活動で良い結果を出すにはポジティブマインドがその思想になければ絶対に無理なわけで、世の中や人生やどんなにみんなが悲観的になろうが諦めようがポジティブに思考できなければ無理だと思うんです。
選手選考の時のコメントなんか聞いてるとこんな残酷なことしたくない様な感じでしたが、それはその先の未来を信じれてないからだと思います。

監督という創作活動のリーダーの一つの仕事は良い未来を見せてあげる事なんじゃないでしょうか? 
マラドーナのように!
【2010/08/03 10:49】 URL | るP #-[ 編集] | page top↑
こんにちは。お疲れ様です。

>ずっと上に積んでいたら倒れてしまう。やはり、どっかで横にも積まないといけない。

この言葉は、別の場所でも彼は使っていましたが、共感できる言葉の一つです。
これが解っているのに、傍目からは土台が出来ていないと見えてしまう彼のやり方そのものは疑問ではあります。横に積むとは、私的解釈で言うなら、崩れないようにしっかり補強するが近いでしょうか…。
裾野って広げるためには、1人の浮ついた感性ではないと思うわけです。彼のやり方は、どう贔屓目に見ても個人プレイであり、個人の至福の為のサッカーであったとそう感じるわけです。
それでは、犬飼さんは理解しているとしても、日本代表と言えるのでしょうか?やはり私は、日本代表は、日本サッカーの土台であると思いますので、そこは、共通理解というか、Jも、個人も、協会も、そしてサポーターも含め、ある一定の共感が必要であると感じるわけです。しかし、彼のサッカーにそれがあったとは思えません。サポーターも、選手も、大変多くの人々に疑問ばかり投げかけました。
かろうじて、最後に選手に救われたというのが感想です。

その上で、私は、土台と言うものをもう一度再考すべきであると考えています。今まではあまりにも監督に丸投げ…。これではアイデンティティは感じることが難しい。
日本のサッカーをどのように発展させて行きたいか。そこを議論せずに、監督に全ての権限も、そして責任も与える事は、絶対的に問題であると感じるわけです。協会も含め、プロセスを敷いた上でそれに見合う監督を選んでくれる事が理想であると。もう、フランスだのオランダだのスペインだのブラジルだの、ただ、強者の真似だけをすれば良い時代はもう終わりに近づいているはずです。
政治じゃないですけどね、やっぱ責任は皆で共有すべきです。俺らの日本代表だし、俺らの日本サッカーなんですから。ただ与えられたもので満足できるほど、もう、日本のサッカー観戦者レベルは低くないと思います。次のW杯においても、本当の意味でGLを突破できる、横への積み上げが欲しいと思います…。

長文失礼しました。
【2010/08/02 16:19】 URL | psycoro #-[ 編集] | page top↑
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