ドーハ以来の衝撃的な敗戦となったW杯から数週間、様々な所や人から十人十色の声が聞こえてくるわけですが、ヒデに対する評価として肯定的な意見が多いのに驚かされます。
彼が最後にピッチで流した涙。これがものすごいイメージアップになっているようです。前置きしておきますが、私は個人的に彼が嫌いでも、彼に怨みを持っているわけでもありません。ただ、物事を冷静に且つ公平に見たいと思っているのです。「涙を流したから」「一人走っていたから」だから「ヒデは素晴らしかった」という物事の表面だけを見て彼を高評価するのはマイナスなのではないでしょうか。
「彼は自分の失敗を人のせいにしている」 これが、私が彼を批判する一番の大きな理由です。自分の独り善がりで優しさのないスルーパスを出してはFWを批判し、自分はボランチとして守備での役割を果たさないのに福西、宮本、アレックス、中村に身勝手な要求や指示を出す。自分は高らかにサッカー哲学を語りながら他人の考えは受け入れない。そして、 「他人を攻撃し、ナルシスティックに悲劇の主人公を演出している」 こういう人物に何百万人もの人が応援メールを送っていることを考えると寒気すらしてきます。その多くがにわかサッカーファン(私はこういう差別的な言葉は嫌いだがこう言わざるえない・・・)とはいえ悲しいものがあります。感情的になって盛り上がるのはいいが、それで真実を見失っていては日本代表に未来は無いのではないでしょうか・・・。 さて、もう一つこんな発言にも苦言を呈したいと思います。ある日曜日の情報バラエティー番組に出演していた○○ー伊○氏がオシムに対する周囲の期待に対して、 「オシムになったって何も変わりませんよ。そんな監督一人変ったところで強くなるわけないじゃないですか。ジーコが監督になったとき、どれだけの人が日本が変るって期待しました?同じですよ。そんなことじゃなくて、選手一人一人の問題ですから、Jリーグのもっと基本的な問題で、選手個人がもっとレベルアップしくちゃダメなんですよ。だって代表監督なんてただその国のトップ選手をピックアップしてやるだけなんだから」 と意気揚揚と発言していました。一字一句正確ではありませんが発言の趣旨は間違ってないと思います。どうです?どう思いますか?こういう考え方しかできない、サッカーをよく知らない人が有名人だというだけでいい加減な発言をしていると思うと何だか腹立たしいと思いませんか?これこそジーコと一緒の考えで、ヒデと同じ考えで、結局惨敗してしまった考え方なのだと私は思うのです。 個人がレベルアップすれば強くなるのは当たり前。しかし、個人では圧倒的な力を持つ11人が寄せ集まっただけでは勝てないのは、ここ最近のレアル・マドリードを見てれば一目瞭然です。個人の力が多少劣っていても、どうやって相手を上回るのか?選手の力を100%引き出すにはどうするのか?勝負事にはそういう理論や哲学というものが必ず必要なわけです。 オシムがどういうサッカーをするのか?ジーコがどういうサッカーをしてきたのか?それを知りもしない人があまり無責任な発言をしないでほしいですよね。 とまあ怒りがフツフツしてしまうわけですが(苦笑)、同番組で日本に足りないものということで、ドゥンガは「精神力」、リトバルスキーは「戦術」、ストイコビッチは「決定力」をあげていました。まさに!という感じですね(笑)。
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