献身性論。成功するチームや組織や社会を作るために。
チーム、組織、社会、という集団においての個の献身性とは何だろうか? まず1つ言える事は、献身的とは協力的、という事であり、全員が献身的=協力的でなければならない、という事。1つの目標に向かって、それぞれがきちんと役割を果たし、全ての個が、自分だけが楽をしよう、自分だけが得をしよう、という我侭=利己主義に陥らない事。それが献身性の原理原則、根本であると言える。

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しかし、当然ながら、その献身性の負担率というのは異なる。原理原則として、献身性の負担率というのは、やはり年功序列でなければならない。つまり、年上の者が年下の者の面倒を見る、年上の者は年下の者がきちんとできるようになるまで献身性=犠牲心を持つ、という事。なぜならば、やがて年下だった者は年上の者になり年下の者の面倒を見る、という流れこそが、自然な流れであるから。

それが逆流してしまうと、チーム、組織、社会、というのは上手くいかなくなる。年上の者が利己主義に陥り、年下の者を犠牲にして楽や得をしようとすると、次を担う世代が潰されて育たず、更にその次の次の世代も犠牲になり潰されて育たない、という悪循環に陥ってしまう。従って、負ではなく正の世代間バトンタッチを行うためには、献身性の負担率というのは年功序列でなければならない。

また、下の世代に負担をかけない、下の世代を犠牲にしない、という意味では、同世代間での支え合いや助け合いも重要になってくる。子供というのは社会が育てるもので、親世代の格差というのは仕方ないにしても、それがそのまま子供世代の格差になってしまってはいけない。従って、能力の高い者または成功者というのは、きちんと献身性をチームや組織や社会に対して持たなければならない。

その代わりとして、献身性の高い能力の高い者または成功者というのは、多くの称賛や名誉や高い社会的地位が与えられる。あるいは、献身性の高い能力の高い者または成功者には、多くの称賛や名誉や高い社会的地位を与えなければならない。つまり、チームを勝たせるために献身性を持ってプレイしている選手は、個では結果を出していてもそうではない選手よりも、より評価される必要がある。





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