なぜ「個の力を必要としない」に惹かれてしまうのか?
個人的に、サッカーに興味持った流れは以下の通り。まずは個々の選手の能力に興味を持った。個々の選手について、どの能力がどれぐらいあるのか、夢中になって細分化し数値化して遊んでいた時期もあった。そして、そうすると、どのポジションにはどのような能力が必要なのか、逆に言えば、どの能力が優れている選手はどのポジションに適性があるのか、という大枠が見えてくる。個人的に、コンバート提案が多いのは、それ故。




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しかし、個の能力を追っていると、ある事の重要性に気が付く。それは、組み合わせによる相乗効果が重要である、と。つまりは、全ての能力に優れている選手は存在していないので、それぞれが相互補完できる組み合わせが重要な要素である、という事。そして、そうなってくると、次にはシステムや戦術という事が気になってくる。システムや戦術から使う選手を考えたり、その逆、選手から使うシステムや戦術を考えたり、その考。

また、そのためには、1つ1つのシステムや戦術について、その特性をよく知らなければならず、ずっとその事を考えている時期があった。最も優れたシステムや戦術があるのではないかと考えた事もあったし、日本人に最も適したシステムや戦術があるのではないかと考えた事もあった。しかし、いくら考えたとしても、その答えは見つからないし、どのシステムや戦術であっても、ある部分では優れた個の力が必要である事を知った。

つまり、どのシステムや戦術であっても、それを機能させるためには、1人あるいは少ない人数で、その役割を担ってもらわなければ、または、それができる個の力を持った選手がいなければ、そのシステムや戦術を機能させる事はできない、という事。それは、圧倒的な個の力であるか、一人二役以上ができる個の力。どのシステムや戦術であっても、そういう選手が1人は存在していないと、機能性が大きく下がる、というジレンマ。

それから、もし最も優れたシステムや戦術があったとして、それを両方のチームが使った場合にはどうなるのか。そこで優劣の差を生むのは何であるのか。また、最も優れたシステムや戦術ではなくても、システムや戦術の組み合わせの有利不利を生じさせないように、相手と同じシステムや戦術にするミラーという戦い方もセオリーの1つとして存在し、そこで勝敗を決めたり優劣の差を生むのは何であるのか。そこも重要な部分だと。

なぜか人というのは、個の力を必要としないシステムや組織性に憧れる。そこに万能性を夢見る。しかし、より完璧なシステムや組織性を追求していくと、結局は、そのために必要なのは個の力である、という結論に至る。それは、システムや戦術から使う選手を考えても、その逆、選手から使うシステムや戦術を考えても、結局は同じ。但し、それぞれの選手たちが、全てにおいての能力に優れている必要は無い、という事があるだけ。

むしろ、その個の力というのは、1つの基準や価値観による個の力ではなく、多様性のある個の力が必要であり、それを最大限に活かせるのが最も優れたシステムや戦術、組織性であり、つまりは、柔軟性こそが最大の組織性であると言える。そして更には、その柔軟性を生むのは個の力であり、やはり、システムや組織性を追求すればする程、それを実現させるためには優れた個の力が必要である、という、より単純明快な結論に至る。





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