もっと属人的であるべき。強い組織は属人的でなければ生まれない。
属人的、という言葉が散見されているのだが、そして、属人的な組織はダメだ、と言われる事の方が多いと思うのだが、むしろ、強い組織というのは、属人的でなければ生まれないと思う。もちろん、その人にしかわからない、その人にしかできない、という事について、本当にそうであるのではなく、他の人には意図的にわからないようにしている、他の人がそれをやろうとすると妨害する、という事であるならば、それは明確にダメであると言えるが、そうではない限りは、むしろ、他の人にはできないようなスペシャルな個の力を持った人たちを集める事が、強い組織を生み出す根幹であると個人的には思う。




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更には、もちろん、他の人にはできないようなスペシャルな個の力を持った人たちを集めた、だけではダメであり、それを集団として機能させる、という事が絶対に必要不可欠なわけであるが、それは当然、マニュアル化や標準化とは違うし、そもそもとして、個の力が足りない人たちを集めた場合にできるのは、形だけきちんとしているように見える組織だけで、強い組織には成り得ない。むしろ、よくあると言えるのは、個の力が足りないと思われる人たちを集めたように見えて、しかし、その組織が強かった時に、実は後から検証してみたら、個の力は高かった、という事だったり、その逆である、という事。

その逆、というのは、ネームバリューや過去の実績が高い人たちを集めたが、つまり、個の力が強いと思われる人たちを集めたが、実際には、それは肩書だけであったり、もはやその過去の能力は失われていたり、という事によって、強い組織には成り得なかった、という事。つまり、強い組織を生み出すための原理原則というのは、その時に本当に他の人にはできないようなスペシャルな個の力を持った人たち、そういう人たちを集め、尚且、その人たちを集団として機能させる、という事にあると言える。結局、どちらを欠いても強い組織は生まれない。従って、属人的である事も、原理原則の1つだと言える。

組織というのは、これまでも何回も書いてきたが、このブログのスタート当初ぐらいから書き続けてきたと思うが、結局は、個の集合体であり、個という点が小さければ線にはならないし、線ができたとしても、その線が細ければ面にはならないし、面ができたとしても、その面が狭ければ強い組織にはなれない。システムというのは、個の力を活かすために存在し、個の力に頼らない、個の力に依存しないシステムというのは、形だけきちんとしているように見せる効果があるだけで、そこに本当の強さは生まれていない。あくまでも、組織作りの出発点は個の力であり、むしろ、属人的である事は良い傾向だと。





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【2018/07/18 11:45】 | ショートコラム | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
<<属人的な組織の継続性と日本のサッカーの確立について。 | ホーム | ロシアW杯総括。変わらないものと変わりゆくもの。どちらの要素も重要。>>
コメント
それを継続させる難しさ
仰る通りだと思います。
サッカーに限らない原理原則かと。

一方で、強い組織を継続させることは凄く難しいと感じています。

かつての主力の能力の低下と、それに反比例する影響力の肥大。
期待の若手の能力の伸び悩み。など。

組織の新陳代謝は思い描いた様には進まないものだと痛感していますが、継続性についてはどういったお考えをお持ちでしょうか?
【2018/07/18 22:04】 URL | まこと #-[ 編集] | page top↑
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