正しい認識を持ってもらいたい3つの事。
1 ハリルホジッチ監督には「縦」以外に戦術が無かったのか?

まずは、3つの守備の設定位置を使い分けて戦う、という明確な戦術があった。つまりは、相手や状況に応じて、高い位置、低い位置、その中間ぐらいの位置、その3つの守備の設定位置を選択して戦う、という事。そしてこれは、きちんと実践され、また、内容も伴う結果も出しており、アジア最終予選のアウェイのオーストラリア戦では、守備の設定位置を低い位置に設定し、スコア「1-1」の引き分け、原口のPK献上が無ければ勝利できていた可能性もあった。それから、アジア最終予選のホームのオーストラリア戦では、今度は守備の設定位置を高い位置に設定し、スコア「2-0」での快勝を見せた。




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また攻撃についても、やはり「縦」以外の戦術も明確にあった。1つには、長中距離のダイアゴナルなパスを意識的に使う、という事であり、実際これは、格下のリトリートする相手から得点を奪うのに有効な手段の1つとなっていたし、またそういう状況ではなくても、それがあらゆる状況において有効である事は、ロシアW杯のセネガル戦の1点目を見てもわかる。更には、守備の設定位置を高い位置に設定した場合にはショート・カウンターを狙う、という事もそうであるし、ハリルホジッチ監督はセットプレイからの得点の重要性も常々言っていて、ロシアW杯を終えてみれば、まさにそれは然りであった。

そもそもとして、高い縦への意識とリスク回避の意識というのは、セオリーであると同時に現在のトレンドでもあり、尚且、それがあったからこそ生まれた得点が、ロシアW杯での西野ジャパンには、少なくとも3つはあった。それから、多くの人が勘違いしていると思うのだが、ハリルホジッチ監督は、ポゼッションサッカーは否定していても、ショートパスを否定した事は一度も無く、むしろ、縦に速い展開から、最後のところ(ファイナルサード)では、日本人選手たちの特性を活かし、ショートパスなどを使ったコンビネーションで崩して得点を奪う、という事を目指していたと言える。それは選手起用からも簡単に推測できる。


2 戦術を理解し切れなかったのではなく、ポゼッションサッカーに逃げようとした、という事。

おそらく、ベルギー遠征で、1対1だけではなく、複数で対応しても突破されてしまう、という事だったり、縦に速く攻めようとするとパスの精度が落ちたり、そのせいで、攻守の切り替えを何度も強いられる、という事があって、そして、そういうサッカーはきつい、という事があったからだと思うが、それこそ、その時に、ハリルホジッチ監督がアルジェリア代表でやってきたようなサッカーは、アフリカ人選手向きであり、日本人選手には向かない、やはり、日本人はポゼッションサッカーだ、みたいな事が、選手たちの間でも強くなった、という事があったと思う。そういう雰囲気は確実にあったと言える。

しかし、西野ジャパンになってから、実際にそういうサッカーへと戻してみると、ガーナ戦でもスイス戦でも敗戦し、特にスイス戦は酷かった。走らない、ハードワークしないから、攻守に全く良い所無しだったし、結局、ミスが多かったり、プレイのクオリティが低いのは、ハリルホジッチのサッカーが原因だったのではなく、戦い方の問題ではなく、ただ単に個の力が低いだけだった、という事が、特にスイス戦では明確になったと言える。そして、そのスイス戦の後に、その事に気が付いた選手たちが、半分ぐらいハリルホジッチのサッカーに戻した事が、大きなターニングポイントになった事は確実だと言える。

やはり、走らなければ、ハードワークしなければ、攻守に機能しないし、組織的に、とは言っても、1対1のところで、個のところで、ある程度の強さやクオリティを発揮しなければ、日本だから云々はあまり関係無く、どうにもならない状態になってしまう、という事。それは、同じようなサッカーをしたとしても、しようとしたとしても、今大会は、主力組と控え組の間に大きな力の差があった、という事が言えたと思うが、やはり、個の力の差については、戦い方では誤魔化しきれない。そしてその事は、ロシアW杯での4試合を考えても、確実にそうだったと言えて、やはり、そこから逃げる事はできない。


3 チームが一致団結したのは本当に西野監督の手腕だったのか?

それから、西野監督になって、チームの雰囲気は確実に良くなった、と言われているが、ガーナ戦とスイス戦の後に、チームが崩壊しかけた事は、見逃してはならないと思う。自主性を重んじた事で、確かにコミュニケーションは潤滑になったが、選手たちの意見がまとまりきれず、チームはバラバラになりかけていた。そうであった事は、大会後に西野監督も会見で述べていた。そして、そうなる事を食い止めたのは選手たちであり、やはり、ジーコジャパンのようになってはいけないと、それから、ハリルホジッチ監督が解任になって良かったと思っていた選手たちは、それを結果で証明しなければならないと。

そういう意識や危機感が、今回の一致団結に繋がったと思うし、そうであった事は、とても重要な要素だったと思う。そして、そういう事というのは、意図的に作る事はできないし、当然、意図的に作ってもいけないから、そこは、正しく検証され、ミスリードせずに評価されなければならない部分だと思う。今回の事でよくわかったのは、監督の言う事が全て正しいわけではないが、選手たちが言う事も全て正しいわけではない、それから、自主性を重んじる事は良い事であるが、トップダウンも必要であるし悪い事ではない、という事だったと思う。結局は、バランスの問題であり、二元論ではない、という事。





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【2018/07/20 11:45】 | 西野ジャパン考察 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
<<日本代表の監督人事について。監督の能力と選手の能力というのは両輪であり、どちらが足りなくても難しくなると思う。 | ホーム | 属人的な組織の継続性と日本のサッカーの確立について。>>
コメント
 日本はずっと「フィジカルで勝てない」「1対1だと負けるから数的優位をつくるべき」と言われ続け、それは確かにそうなのですが、それが無意識のうちに、日本のサッカーを「戦いを避けるサッカー」にしてしまっていたように思います。
 ポゼッション・サッカーはまさに1対1の戦いを避けることが主目的になってしまい、リスクを避けて、相手組織のバランスが崩れるのをじっと待ちながら、ただボールを回すだけになっていました。
 今回の日本は、縦パスをビシビシ入れて、果敢に1対1を挑んでいたように思います。ラモスさんはずっと「戦う姿勢」「戦う気持ち」と言い続けてきましたが、今更ながらようやくラモスさんの真意が理解できたように感じます。
【2018/07/22 20:42】 URL | #-[ 編集] | page top↑
新しいやり方を身につけるには、やや極端にそちらに舵を切る時もあるし、それが最終的な姿とは限らない。
そういうことが理解なりイメージできないと先を見据えることはできない。
うまくいかなかったときに最大公約数的に修正するのは日本人は得意だが、新しいものを身につけるにはまだ外国人監督が必要ではないかなと考えている。
【2018/07/20 12:30】 URL | ヤン #-[ 編集] | page top↑
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