「ジャパンズ・ウェイ」や「日本らしさ」という事に対しての違和感。
「ジャパンズ・ウェイ」や「日本らしさ」という事に対しての違和感というのは、そうじゃないんじゃないか、という否定の違和感ではなく、もうそれが大前提である事はわかっているので、その次の段階へ進まないと、という違和感だと個人的には思う。日本らしいサッカーとは、とりあえず、パワーサッカーではないよね、フィジカルを前面に押し出したサッカーではないよね、そうではなく、技術力、組織性(規律性)、運動量、献身性、敏捷性、というものを活かしたサッカーだよね、という事はもうわかっている。




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2006年頃から、日本らしいサッカーとは何か、という事へのアプローチは強くなり、つまり、もう12年も経ったので、それに対する答えというのは、もはやイメージの範疇から出て、具体的な答えとして出ている。そして、「ジャパンズ・ウェイ」や「日本らしさ」、というものを12年かけて追求してきた結果として、やはり、「ジャパンズ・ウェイ」や「日本らしさ」、というものだけでは勝てないと。実際のところは、8年目ぐらいの時に、つまり、ブラジルW杯を終えた時点の時に、そういう答えが出ていた。

技術力、組織性(規律性)、運動量、献身性、敏捷性、というものを活かしたサッカーをするのは大前提であり、それが日本のサッカーのベースであるが、そうではないものもプラスαとして必要であると。例えば、インテンシティやデュエルの強さだったり、高さだったり、縦への速さだったり、駆け引きの巧みさだったり、という部分。そのプラスαが無かった事によって、アンダーカテゴリーに谷間の10年間を作ってしまったし、ブラジルW杯では惨敗に終わってしまった。他の原因もあるが、やはりそこは大きい。

ロシアW杯でも、フェライニという高さのある選手が出てきただけで、2点リードの状態からひっくり返されてしまった。特に高さ(空中戦の強さ)と、それに伴うパワープレイに対し、日本はずっと苦汁を嘗めさせられている。更には、ロシアW杯での日本の得点というのは、ほとんどが縦に速い攻撃から生まれていた。つまり、「ジャパンズ・ウェイ」や「日本らしさ」、というものを追求する、という部分はもう消化されており、それだけでは勝てないので次のアプローチはどうしようか、というのが現在地であると。

それなのにまだ、「ジャパンズ・ウェイ」や「日本らしさ」、という事を言っている。その言葉を耳にすると、時代遅れ、というか、一昔前の事をまだ言っている、もう次の段階へ進んでいるのに、まだ前の段階の事を言っている、と感じてしまう。それが「ジャパンズ・ウェイ」や「日本らしさ」という事に対しての違和感。繰り返すが、「ジャパンズ・ウェイ」や「日本らしさ」、というものを追求する、という部分はもう消化されており、それだけでは勝てないので次のアプローチはどうしようか、というのが現在地。





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