岡崎慎司がレスターで示したもの。我々に見せてくれたもの。
誰もがなりたい自分になれるわけではない。そして、そうなった時には2つの選択肢が存在していて、大きな成功を目指すために、なりたい自分は封印し、求められる役割に徹するのか、もしくは、小さな成功に終わっても良いから、なりたい自分を目指し続けるのか。例えばレスターでの岡崎であれば、もし岡崎が最前線に立つFWに拘っていたら、ヴァーディとのポジション(役割)争いを選択していたら、岡崎は奇跡の優勝メンバーのレジェンドの1人とはなれていなかった可能性もあるし、そもそも、レスターの奇跡の優勝も無かった可能性もある。主役ではなかったが、間違い無く名脇役だったと言える。




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60分間ぐらいしかプレーできなくても、攻撃に余力を残せないぐらい守備に追われても、岡崎が守備のスイッチとなり、岡崎がヴァーディとマフレズの代わりに潰れ役を担い、その2人に不足している守備力を補い、少ないながらも時には得点を取る役割の3番手として得点を奪い、そういう黒子的な役割を受け入れてこなしたからこそ、岡崎はレスターをプレミアリーグで優勝させるという大きな成功を手にした。またそれは、努力や犠牲が報われたという幸運でもあり、そういう犠牲を払ったり努力をしても、むしろそれが報われる事の方が少ないのが世の常であるから、そこを考える事も大切な事だと思う。

ヴァーディがいなかったら、岡崎はCFで出場できていたかもしれないが、優勝というミラクルを起こせた可能性は低かったと思う。マフレズも当然そうで、他にも、ウジョア、オルブライトン、カンテ、ドリンクウォーター、フクス、シンプソン、モーガン、フート、シュマイケルなど、彼らの存在があっての奇跡の優勝であり、そうであった幸運となりたい自分にはなれなかった不運を天秤にかけた場合、そうであった幸運の方が大きかったと思う。加えて、ファンやサポーターも岡崎の果たした役割の大きさを理解し称賛しているし、むしろ、それ以上の栄誉は無いと思う。レスターでの岡崎は、最高だった。

もちろん、これから先は、小さな成功に終わっても良いから、なりたい自分を目指し続ける、という選択肢でも良いと思う。大きな成功を目指すだけが人生ではない。小さな成功に終わっても良いから、なりたい自分を目指し続ける、なりたい自分で在り続ける、そういう人生を選ぶのも選択の自由であるし、それを受け入れる寛容さのある社会であってもらいたい。そしてまたそれは、人生を諦める、という類のものではない。これからの岡崎は、FWとして再び輝くためのチャレンジを続けると思うし、それが実現できたとしたら、それもまた成功であると言える。最後の最後まで、トライする姿を見続けたい。





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【2019/05/16 11:39】 | ショートコラム | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
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コメント
本人がどう思うかはわからないですが
それでも、大きな成功を目指す岡崎選手を
見てみたい気もします。
言葉が適切かどうか自信はありませんが
「最適化」できるチーム・監督に巡り合って
くれることを強く祈っています。
【2019/05/16 12:54】 URL | 通りすがり #-[ 編集] | page top↑
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